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織田大明神の謎

2010年12月07日

ローカルな話で申し訳ないが、日向地方の昔話の一つに「織田大明神」というのがある。
鬼婆や妖怪に混じって織田氏の末裔という兄弟が登場し、この地で謀殺され、その後祟る、という唐突なもので、子供心にも強く印象に残っていた。
今でもここで、だいたいを読むことが出来る。
http://www.miyagin.co.jp/pleasure/0106.html
おとぎ話というより、ゆがんで伝わった歴史上の事実らしいが
「兄弟は織田信長の孫であるともいわれているが、はっきりしない」とか書いてあって、気になってしょうがない。
はっきりしてくれ。じゃあ誰なんだ。
ざっとググってみると。織田家の血筋にはそれっぽいのがどうも見あたらない。
だいたい、兄弟を祀った織田大明神、今は平底神社という名前になっているが、ここには
http://nanjaroka.jp/siseki/hirasoko/index.html
「寛文年間(1661-1673)に、摂州尼崎城主織田七郎左衛門信澄の息子兄弟の由来」とかとか書いてある。
だけど、尼崎城主に織田氏の人間がいたことがないっぽいし、名前が同じ信澄(津田信澄)だとしても、時代(1555-1582)も所在地(滋賀県高島市の大溝城)も合わない。
一方で、この時代の尼崎城主は戸田氏なので、こりゃひょっとして、「トダ」と「オダ」を聞き違えたのかも、と思った。なにしろ田舎の言い伝えだし。
ついでに調べてみると、戸田氏西(四代目尼崎城主)の時代に、尼崎城のある大垣藩では財政が逼迫し、1680年には「延宝の大暇」なる大規模リストラを行ってたそうな。
以下は推測だけど、戸田氏西の、たくさんいた兄弟(男だけで七人)の一人に「戸田信言」というのがいる。「トダノブ」と来れば「オダノブ」、つまり織田家の縁者に聞き間違えるのも無理からぬ話だろう。
ひょっとして、名も知れぬ信言の子供あたりが、財政逼迫のあおりとかで大垣に居づらくなり、日向まで流れてきたのでは…
みたいに考えれば一応のつじつまは合うように思った。
もっとも、歴史にはそれほど詳しくないので「バカ!そりゃ違うよ!」という方がいらしたら逆にウェルカム。どうか情報よろしくである。